会長挨拶

【第18代会長】石原 信雄

会長写真

 日本倶楽部は、約120年前の明治31年6月6日に設立されました。明治維新後約30年が経過し、日清戦争にも勝利し、ようやく世界の注目を引くようになってきたときでした。

 近衛篤麿、岡部長職、鳩山和夫の3氏の主唱のもとに日本倶楽部設立の話し合いがもたれ、明治30年12月、「日本倶楽部設立趣意書」が発表されました。この設立趣意書によりますと、
 「人生の業務は各々その途を異にし、千差万別なりと雖も、その国民福祉を増進せんと欲するは、即ち一なり。故に吾人はつとめて社交上の親和を図り、その目的を達せざるべからず。顧みるに我が国と世界列国とは、今や修好日に加わり、外人の来遊するもの少なからず。このときに当たり、内は我が邦人の親和を図り、外は、外人との交際を密にし、彼我情交の通融を議する機関を設くるは、けだし刻下の急務に属す。これ、日本倶楽部を設立せんと欲する所以なり。」
とされています。なんとも格調の高い、素晴らしい呼びかけであったと思います。そして、翌明治31年6月6日発起人総会を開き、初代会長に岡部長職氏、副会長に長岡護美氏、澁澤栄一氏を選任し、日本倶楽部は発足しました。

 設立当時、会員は政界では大臣経験者、官界では勅任官級以上、財界人では社長級、軍人では将官級とまことにレベルの高いものであったようで、会員数は100名強でスタートしました。その後会員数は順調に増加し、ピーク時、昭和52年3月には個人会員1340名を数えるに至りました。昭和25年に法人会員制度が導入され、また、平成13年には、女性会員への道が開かれました。そして、今回、先月の会員総会の決議により、家族会員制度が発足しました。会員の奥様やご主人に簡易に会員資格を持っていただく制度で、会員親睦の場としての当倶楽部がより大きな輪となって行くことを期待するものであります。会員の高齢化もあり、法人推薦会員を含め個人の会員数は515名(2019年2月末現在)と多少減少しておりますが、当会の魅力を出来るだけ多くの方々に知っていただく努力を続けており、最近は新入会員も増加しているのは嬉しい限りです。また、会員の平均年齢も若返っております。
  当倶楽部の120年を振り返りますと、関東大震災や先の大戦、そして戦後の混乱期と様々な困難もありましたが、会員、事務局が一致団結しこれらに立ち向かって参りました。当倶楽部設立の趣旨に沿って着実に歩みを刻んできたことを振り返り、誠に嬉しく思う次第です。

 今では、俳句や書道、囲碁、小唄、ゴルフ等様々な分野でのクラブ活動、多彩な講師陣による講演会や楽しみな見学会、豊かな蔵書の図書室等々会員の皆様のご満足をいただいているものと思います。今後も会員の皆様の声を反映しさらに工夫をこらして参ります。

 講演会は私も楽しみにほとんど毎回参加しております。振り返りますと、戦後の第1回の講演会は、まだ様々な混乱が続き諸物資も不足している中、終戦後2ヶ月足らずの10月11日に開催されました。当時喫緊の関心事項であった「原子爆弾について」という演題の、この分野での世界的な権威である仁科芳雄先生の講演でした。まことに時宜を得た講演会だったと思います。
  その後講演会は定期的に開催されるようになり、現在では原則月3回の開催で、その時々の関心の深いテーマを選びその道の第1人者の方に講師をお願いしています。
  先月6月には、120周年記念講演として、ノーベル生理学・医学賞の受賞者でいらっしゃる大隅良典先生に「半世紀の研究を振り返って、日本の基礎科学の現状を考える」という演題で講演をしていただきました。誠に格調の高い立派なご講演で、深い感銘を受けました。

 日本倶楽部は2018年に創立120周年を迎えましたが、120年はヒトの人生で云いますと、2度目の還暦ということになります。「大還暦」と云うそうです。大還暦をお祝いし、次の60年が日本倶楽部の繁栄の60年でありますよう心から祈念し、新しい1歩を踏み出したいと思います。

経歴

昭和27年 東京大学法学部卒業
昭和59年 自治事務次官
昭和62年 内閣官房副長官
平成22年 (財)地方自治研究機構会長
平成25年 一般社団法人日本倶楽部会長
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